
米国依存から脱却へ 貿易多角化進めるスイス

ドナルド・トランプ米政権の関税政策が世界経済を揺るがすなか、各国は異例のスピードで貿易の多角化を模索している。スイスも例外ではない。

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トランプ政権が各国に困難を強いたのは、その関税率だけではない。終わることのない不確実性だ。相手側が最大限譲歩したにもかかわらず、突如として追加関税を課す――。トランプ氏はこれまでそうやって相手を繰り返し脅迫し、実際に発動したことすらあった。
こうした中、多くの国は新たな市場を模索している。西側諸国では突出して高い39%を課されたスイスも例外ではない。

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連邦経済省経済管轄局(SECO)によると、これまで比較的慎重だったパートナー国も、スイスとの新たな貿易協定締結や現行協定の更新に強い関心を示すようになっている。新たな地政学的・地経学的情勢をふまえた多様化の動きといえる。
国際貿易・市場に詳しいザンクト・ガレン大学のギド・コッチ教授(マクロ経済学)は「スイスは実際、これまで以上に貿易の多角化に力を入れている。たとえば長らく停滞していたインド、南米南部共同市場(メルコスール)、タイとの協定交渉が今進展している。米国市場依存を減らそうというスイス政府の強い意思を反映している」と語る。
米国は依然、世界の最重要市場の1つであり、完全に離脱することはスイスを含むどの国にとってもほぼ不可能だ。スイスの対米輸出額は全体の約18%を占める。しかし、スイスの政界・経済界の一部には根強い不満があり、米国は当てにならない、距離を置くべきだという声が高まっている。
依然として複雑な米中関係も重い足かせだ。両者は互いに強く依存しながら貿易紛争外部リンクを繰り広げている。スイスを含む小・中規模国は米中のパワーゲームに翻弄され、不利益を被らないよう注意しなくてはならない。コッチ氏は「経済規模の小さな国の場合は、できるだけ多くの相手と貿易協定を結ぶことが不可欠だ。スイスは世界中の市場に門戸を開くことが自国の豊かさとレジリエンス(回復力)の要であるということを昔から認識していた」と話す。
中国の8月の対米輸出額は前年同月比で約30%減少したが、他国への輸出が好調で輸出総額は約4.4%増となった。中国商務部傘下のシンクタンクは、市場多角化戦略の効果が表れていると述べている。
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スイスの強み
市場の多角化はスイスと中国以外の国も進めている。しかし、トランプ関税によって大変革が生じたものの、ほとんどの国は今も既存の国際的枠組みの中で取引をしている。世界貿易機関(WTO)のンゴジ・オコンジョ・イウェアラ事務局長も9月上旬、フィナンシャル・タイムズへの寄稿で「(前略)世界の大部分は今なお、従来の条件で大方の貿易を続けている(後略)」と指摘した。
オコンジョ・イウェアラ氏はまた「シンガポール、スイス、ウルグアイ、オーストラリア、アラブ首長国連邦(UAE)、ニュージーランド、英国といった『中規模国』はグローバルな貿易システムを自国の繁栄の柱と位置づけ、現状に合わせて必要な調整を進めようとしている」とした。
スイスを含む14カ国は9月中旬、「投資と貿易の未来(FIT)パートナーシップ」を創設した。小・中規模国が貿易多角化を目指す独自の協力の枠組みで、声明外部リンクによれば、加盟国は「世界経済における影響力を高め、ルールに基づく貿易システムを強化し、貿易のグローバル化に伴う課題の解決策を打ち出す」ことを目指す。
実際、スイスはすでに多くの国よりもはるかに広いネットワークを構築している。コッチ氏は「同規模の国の中でも、スイスは類を見ないほど意欲的に新しい市場を開拓している。40を超えるパートナーと30本以上の貿易協定を締結しており、世界で最も緊密なネットワークを構築している国の1つだ。歴史的に見ても、スイスは自国の発展と繁栄のために世界へ門戸を開いてきた。この姿勢は今も外交・経済戦略の中核を成している」と分析する。
貿易多角化の動きは東アジア諸国でも広がる。韓国の趙顕外相は19日、日本が主導する包括的・先進的環太平洋経済連携協定(CPTPP)への加盟を再検討する方針を発表。またインドネシアと欧州連合(EU)は23日、包括的経済連携協定(CEPA)の締結で最終合意した。
世界貿易量が2000年以降でほぼ倍増する中、スイスは既存のルールに則って戦略的方向性を定めた。その根幹を成すのが外部リンク「国際的に広く支持されているルール、障壁のない国際市場へのアクセス、国内外での持続可能な発展に貢献する経済関係」だ。
国際貿易のシステムが批判と無縁だったことはなく、WTOも機能不全が叫ばれて久しい。米国などの保護主義政策や、関税引き下げなどより有利な条件を求める新興国の存在が背景にある。しかし、国際貿易の風向きはほかにも様々な要因で変化してきた。たとえば、技術革新、規制の要求、サプライチェーンの変化などだ。
地政学的な混乱もある。たとえば米国は政治的要求を押し通すため、相互関税を圧力の手段としても利用している。世界経済フォーラム(WEF)は「地政学的情勢の変化がもたらす影響への対応は、今や多くの企業にとって重要課題となっている」と指摘している外部リンク。
今後はどうなる?
米連邦控訴裁判所は8月、トランプ大統領が発令した大半の関税措置は違法との判断を示した。政府は上訴し、11月に連邦最高裁で口頭弁論が行われる予定だ。関税措置が撤回されるかは不透明で、少なくともSECOは撤回を想定していない。
裁判以外にも、関税措置が終了するシナリオはあり得る。トランプ氏は国家緊急事態を宣言することで、国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に追加関税を課す権限を行使した。ただし、国家緊急事態は発動から1年後に大統領が継続の公告をしなければ失効し、IEEPAに基づく相互関税も終了となる。
とはいえ、1年後にはもう世界は変わってしまっているだろう。
編集:Benjamin von Wyl、独語からの翻訳:吉田奈保子、校正・追記:宇田薫

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